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「いのち」に寄り添って Ⅳ

 

                       赤井 聖子   

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 38 ポックリ寺

最近のホスピスへの転院は、症状がかなり悪化してからの事が多く、その為在院日数も少なくなりました。何より、残された時間をその方らしく生きていただく、言い換えれば生きていることの喜びを感じながら一日一日を過ごしていただくと言う最も大切なことが難しくなってきたのです。

 一瞬、一瞬の喜び出さえ、見つけだし、感じていただくことが本当に難しいと思います。

 このことは、ホスピスを理解されていないと言う問題とともに、やはり、もう少し戦ってみたい、もしかすると治療の効果が奇跡的に出るかもしれないと言うご本人やご家族の思いが強く有るからです。『死に場所には、行きたくない』と多くの方は思っておられるのです

 昨年の、もう少し暖かくなった頃のことです。

 高齢の、大変しっかりした女性を受け持たせて頂きました。全身状態はかなりお悪いのに、弱音を吐くこともなく、ホスピス理解も充分に有りました。私たちスタッフへの思いやりも絶やすことが事が有りませんでした。入院時から状態がお悪かったのですが、イレウス症状が更に悪化し、噴水の様に吐くようになると、その方のお言葉からも弱音が聞かれるようになりました。

 有る夜のことです。か細いながらもしっかりとした口調で私に話しかけたのです。

 「こんな苦しみはもう耐えられない。此処に来るまでも手術や治療で本当に苦しんできたの。もうへとへと・・・。私は今まで精一杯生きてきたから、命が惜しいという思いは無いのよ。只、もう耐えられないの。もう、楽になりたいの。此処は、楽にしてくれる所だと向こう先生に聴いたから、来ることに決めたのよ。でも、ちっとも楽にしてくれない。早く楽にして頂戴。お薬は沢山あるでしょう。」

 その方が、“安楽死”を望んでおられると言うことに気が付くまで、間が有りました。

 私自身、何とかして症状コントロールをしたいと頑張っていましたが、イレウス症状の悪化と全身衰弱のスピードに着いていけませんでした。こういう時の虚しさは言葉に表現できないほど辛いものです。

 “緩和”と“安楽死”は全く異なるものです。確かに私たちは、日々の安らかな時間と旅立ちを願いながらケアをしています。でも、“安楽死”という全く自然ではなく、更に神の御心に背く行為は許されるものでは無いのです。

 しかし、目の前で、生きていることの辛さを訴えておられる方の、その苦痛に対しては何とかしなくてはなりません。眠ることもひとつの選択です。

 私は其れまでの関わりから、ユーモアを上手に受け入れてくださる方であることを事を知っていました。そこで、こう言ってみたのです。

 「○○さん、今がどんなにお辛いか分かりますよ。此までもずいぶんと頑張ってこられましたものね。私なら、こんなに頑張れません。弱虫ですから・・・。○○さんは本当にお強い方です。でも、もう限界なんですね。其れも分かります。早くご主人のもとへ行きたいんですよね。でもね、お薬や注射では○○さんのご希望を叶えて差し上げられないの。其れは法律で禁止されているんですよ。たとへホスピスでも、其れは許されていないんです。私も看護師免許を無くすことになりますしね。

 ただし、私は良いことを知っています。○○さんが本当にお望みで有れば、私はお手伝いしますけど・・・。

 ポックリ寺って御存じですか?其処はたいそうな御利益が有って、其処をお参りすれば、必ずポックリあの世へ逝けるんだそうです。

良い所ですよね。○○さんがどうしても其処へ行きたいとおっしゃるのなら、私は休みを取ってご一緒致しますよ。今すぐにでも。

 只、私は境内には入ることが事が出来ないんです。と言うか、其処のお寺さんの山門をくぐるには長い長い階段を登らなければならないです。本当に見上げるほどの長い階段だそうです。その階段を一人で、一段一段登り詰めなければ、願いは叶わないと言われています。苦しいでしょうね。数えきらないほどの段数でしょうから・・・。

 でも、登り詰めたら願いは叶えられるんです。・・・ポックリと、逝けると言うことです。」

 真面目なお顔で聞いておられた○○さんは、おっしゃいました。

「ふうっ!そんな階段を登ったら心臓麻痺で死んでしまうっちゃ!!そんな体力は残ってないよ。」

 確かにポックリ寺と言うお名前は聞いたことが有りますが、決して私が言ったような寺院ではないでしょう。もっと真摯で有ると思いますし、健全な信仰の場で有ることは確かです。(勝手な引用をお許し下さい)

 私は○○さんに嘘八百を言ってしまったわけですが、人の手を借りて死ぬことの間違いに気付いてくださいました。そして、ホスピスは“安楽死”を提供する場所ではないことも理解してくださいました。

 

 その後も、私たちのケアは症状を緩和させるに至りませんでしたが、○○さんからは何時でも感謝のお言葉を掛けて頂きました。

 そして、眠りの中でですが、神様が与えて下さった“命”を生きてくださったのです。

 

 私は、今でも○○さん苦しみを考えると胸が痛くなるのです。 

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37 お互い様

  35のエピソードでご紹介した方は、Kさんという60代の男性でした。21日がお誕生日でしたので一緒にお祝いをしましょうと約束していたのですが、私自身が信じられないほどの急変で旅立たれました。

 Kさんが旅立たれた時、ご兄弟の方に言われました。「あいつの気持ちを、みんなに知らせて欲しい・・・」と。私の文章が新聞のコラムに載ったりしたことを御存じでしたから・・・。(実は、Kさんがご存命中に、二人で新聞に投書しようと約束していたのです)

 

 Kさんが旅立たれて2週間ほど過ぎた頃、奥様と娘さんがホスピスに来られました。

 ディルームでお茶を飲みながら、いろいろとKさんの思い出話をしましが、尽きることの無いほどの思い出が有ります。

 「あの人があんなに穏やかな表情になるとは思いませんでした。」奥様は、Kさんのお顔をしみじみと思い出しながら、微笑みを添えて話されます。「治らない病気に罹り、歩くことも出来なくなって、怒りっぽくなるし気持ちがすさんでいくのが見えました・・・此処へ来るまでは・・・。」

 私は、Kさんとの会話を思い浮かべました。

 『馬が合う』と言いますが、Kさんとは相性が合い何でも素直に言い合うことが出来ました。

 ホスピスに来られて数日経った頃、「“癒す”と言うことを今まで考えても見なかったし、自分に無関係な言葉だと思っていたけど、今自分は癒されているなあって感じるんだよね。」照れ笑いを浮かべながら、おっしゃったのです。

 「私の方こそ、Kさんとお話をしているだけで心が和むんですよ。こういう仕事ですから、辛いときや悲しいときも有りますけど、Kさんの笑顔やお話にものすごく癒されているんですよ。お世辞とかじゃなくね、Kさんは私を癒してくださっているって、心から感じていますよ。」本当に其れが私の本音でした。

 

 『お互い様』というステキな日本の言葉が有ります。

 私たちホスピススタッフは、只一方的に患者さんやご家族をケアしたり、癒したりしているわけでは有りません。その方の微笑みひとつ、お言葉ひとつが私たちの心を和ませて下さることは多いのです。

 皆様、大きな悲しみや苦しみを背負っておられるのに(いいえ、だからこそでしょうか?)、些細な一言が私たちに深い感動を与えて下さるのです。

 

 「こんな、寝たきりになってしまって何も出来なくなってしまったよ。何も出来ないって言うことは辛いことだね。」と悲しまれるのでした。

 「ボランティアさんは、Kさんが美味しいと言ってコーヒーを飲んで下さることが嬉しいと思っていますよ。毎日Kさんは、コーヒーや手作りのおやつを喜んで下さるでしょう?そういう方がおらるから、ボランティアさんは幸せを感じることが出来るんですよ。お互い様なんですね。」

 「上手いこと言うなあ!でも、考え方ひとつだね。そういう風に考えると、俺もまだ少しは誰かの為に生きているって事だね。」

 Kさんが明るいご性格で、ボランティアさんとの関わりを楽しんでおられたことは確かですが、時には体調が悪いときもあったはずです。ベッドのままでディルームに行かれることも、抵抗が無かった訳では有りません。

 

 ほんの小さな事だとKさんは言っておられましたが、御自分の出来る最大級の贈り物だったのです。

Kさんは旅立ちの前日までディルームでコーヒーを飲んで下さいました。

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36

 迎春

「明けまして おめでとうございます!」

 「年を越すことが出来て良かったなあ」

 殆どの方はその様なお気持ちで新年を迎えられます。

 「まさか、この様な所で正月を迎えるとは思わなかったけどね」

 「来年はもう無いよね」

 喜怒哀楽、様々な感情が錯綜

している新年です。しかし、ご家族にとっては本当に嬉しい日なのです。そして私たちにも・・・。

 正月・桜の花・お盆・お彼岸・クリスマス・・・私たち日本人は、季節季節の節目を待ちながら生活しています。正月が過ぎれば豆まき、そして桃の節句。なんて情緒的な民族なんだろうと思います。やはり古からの農耕民族ゆえなのでしょうか。

 ホスピスにおられる方々も、待ち望む気持ちは同じです。ただ、自分の命がその日まで消えることはないのかという不安が常につきまとっているのです。

 「正月は迎えられるのでしょうか」「桜を見ることは出来るかな」・・・私たちはその様なお言葉を聞くことが多々あります。以前は、どの様に答えたら良いのか、とても悩みました。単なる励ましや楽観的な返事はしたくありません。今では、その方の希望を支える答え方が出来たら良いなと思っています。

 「正月を迎えられるかな」 「私のおせち料理、食べてみてくださいね。自画自賛ですが美味しいですよ」

 「お雛祭りねえ。孫は初節句なのよ」 「折り紙で、可愛いお雛様を作ってプレゼントしませんか」・・等々。

 大して気の利いた言葉を返している訳ではありません。私自身の思いを含めているのです。

 (医師が病状説明をする時も、正月とか桜の花という言葉をよく使います。正月を迎えることは出来るでしょうとか、難しいかもしれませんとか・・・。)

 

 良きにつけ悪しきにつけ、季節の言葉は引き合いにだされます。季節の移り変わりを肌で感じながら生きてきた証でしょう。

 たとえホスピスにおられようとも、明日という日が不安の中に見え隠れしようとも、忘れないでほしいのです。

 ほのぼのと、そして少しワクワクしながら待っていた子供の頃の心を・・・。他愛のない事なのかもしれませんが、その様なお気持ちを支えることも、大きな努めだと思っているのです。そして、その日を迎えられた時は私たちも本当に嬉しい、とっても嬉しいのです。

 

 

 35 生きる


生きる
生きているうちは 生きる
生きる
死ぬまで生きる
生きる
明日は考えない 今を生きる



 「此処(ホスピス)に来たら終わりなんだって言われたんです。もう少し時間が有るのかと思っていたんですが・・・。」
 「此処は死ぬ所だって、親戚の者が言うもんで・・・、私も此処に来たら良いものかどうか、随分悩みましたよ。」
 「なんかねえ、身体が衰えていくでしょう。もう(時間が)少ないのかなって思ったら、やりきれなくなっちゃった。」
 ホスピスに来られた方が、おっしゃる言葉です。でも、この様な言葉をだしてくださる方は前向きだと思います。ご自分の辛さを素直に吐き出してくださるのですから。ですから、私も答えることが出来るのです。でも、その時によって言い方は異なりますし、何も言われたくないだろうなと感じる時は、勿論何も言わず静かに耳を傾けるだけにしています。

 本当に、ケース・バイ・ケース です。その場の雰囲気や、その時の相手の感情は時と共に変化しますから・・・。
 
 慰めでもなく、励ましでもなく、ましてかっこつけの言葉でもない。あなたの存在が愛おしいから、あなたの命の重さが分かるからあなた自身も感じて欲しいのです。『生きる』ということを。
 辛いことも悲しいことも、苦しいことも沢山たくさん背負いながら生きるあなた。私はその辛苦を共に背負うことは出来ないかもしれません。でも、何時も傍に居ます。ホスピスで生きてください。此処は生きる所なのです。

 「前の病院の先生にね、もう末期だから、治療は出来ないって言われて・・・。ガーンと頭を殴られたような気持ちでしたよ。ショックだったね。そしたらその先生から、癒しの病院が有るから紹介しますって言われてね、此処へ来たんですよ。癒しってどんなものかさっぱり分からなかったけど、何日か過ぎてみて、何となく分かってきました。優しさなんですね。気持ちが伝わってくるんですよ。」
 今、私が関わらせていただいている方のお言葉です。
 落ち込んだり、涙を流したりしながらも、毎日を精一杯に生きておられます。そうして必ずおっしゃるのです。
 「どうもね、悪いね本当に。有り難う!」私たちのケアに対し、何時でも、夜中の体位変換時の時にさえおっしゃってくださるのです。笑顔と共に・・・。
 もうすぐクリスマスです。一緒にお酒を飲もうねと約束をしています。

 

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