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◆◆◆「いのち」に寄り添って◆ⅩⅠ◆
赤井 聖子
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33~34 |
80~89 | 90~100 | 101~110 |
| 100 普通であること |
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| 99芳香剤 |
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| 98 お迎え |
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| 97 憧れの人 |
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| 96 あなたのままで |
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| 95 悲しいことば |
ホスピスで、ゲストやご家族と交わしたことばは沢山ありますが、あまりにも悲しくてその方から目をそらし、窓の外の遠い景色をいつまでも眺めていたことがあります。 Kさんは、職業婦人だったせいかしっかりと自律されており、明朗な方でした。そして、とても話し好きでもあり、訪室するとついつい話が弾むあまり、次の部屋へ行くことが遅くなってしまうほどでした。 なんでもご自分で出来るのに、その一つひとつを私たちに確認するという心配性な一面もありました。それは、確認するという場面を借りての甘えではないかと、私は感じておりました。 就寝前の訪室時には、決まっておっしゃるのです。 「夜中も見に来てくれるでしょう?声はかけなくていいけど。」 熟睡感の得られないKさんでしたが、「よく眠っておられましたよ」という朝の声がけに安心なさるのでした。
時間の経過とともに病状も悪化し、様々な不安がKさんを襲うようになった頃のことです。 笑顔が消えてしまったKさんは、この先のこと全てが恐ろしいとおっしゃるのです。 「神様とか、仏様とか、ご先祖様とか・・・、Kさんが手を合わせる対象は何ですか?」 私は、K さんの背をさすりながら伺いました。 「そんなもの何も無いわよ。私は神も仏も何も信じていないの。信じられるのは自分だけ。頼れるのも自分だけ。」 吐き捨てるように言い放ったそのことばがあまりにも悲しくて、私は遠くを見てしまったのでした。 それまでの人生の中で、『神も仏もない』としか思えないほどの辛いことが、Kさんは体験しておられたのです。ご自分を見失うことなく生きてこられたことが、言わせたことばだったのでしょう。 でも、もはや頼れる自分の存在が消えようとしているのです。 人は、どんなに苦しいときでも自分以外の存在を信じ、愛されていると思えるから耐えられるのだと、私は思っていました。 悲しくて、切なくて、Kさんがこのまま何も信じることなく逝ってほしくないと思いました。 「私はいつもKさんのことを思っています。せめて、ここでは私たちを信じて下さいませんか?」 私自身の救いを求めて、ことばをかけたのです。 「あったりまえでしょ。あなた達を信頼しているから安心してここにいるのよ。」 久しぶりに見るKさんの笑顔でした。 それ以来、あまりことばを交わすことなく旅立たれたのですが、私はKさんの最後のことばに救われたと、いつも思うのです。そして、どのような時にでも信じる対象を持っていられる幸せが、とても大きなものであると感じるのです。 祈り |
| 94花筏 (はないかだ) |
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| 93 思い出語り |
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| 92 優しくなれたね |
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病院のマリア様 |
| 91新しい朝 |
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寄り添って |
| 90 夫婦の別れ |
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