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◆◆◆「いのち」に寄り添って◆Ⅻ◆
赤井 聖子
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33〜34 |
80〜89 | 90〜100 | 101〜110 |
| 103. 葉っぱの囁き |
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1年以上もの長い時間、私は自分の存在が何処にあるのか分からないままに過ごしてしまいました。 以前私が居たホスピスという場所は、生と死が共に生きていて、そこにいる全ての人との関わりそのものが命であり宝物でした。「壮絶の中のなかの静寂」という空間の中で長い時間を過ごしてきた私には、それ以外の場所に拒絶反応を示してしまい、新しい職場の空気さえ気持ちよく吸うことが出来ず、陸にあげられた魚のようにパクパクとしていました それでも、人は順応できるものですね。 私が最も大好きなこの緑萌ゆる季節が、私を生き返らせたのかもしれません。耳を澄ますと葉っぱ達はシャラシャラと囁きあっています。そうそう、去年の私にはこの囁きが届かなかったのです。風が運ぶシロツメクサの香りさえ気がつきませんでした。そよ風は黙って通り過ぎていきました。 心を亡くしていた一年間。長かったのか、まあまあ短くて済んだのか、どちらか分かりませんが、ともかく今の私は心を取り戻し、もう、忙しいという文字に振り回されるのはやめようと決めました。
人は、生きている中で様々な体験をします。楽しいことも悲しいことも 辛いことも悲しいことも何とか乗り越えれば、そこには以前よりずっと優しさに包まれた自分がいることに、またまた気づかされた緑の中の私です。 流した涙の分だけ、背負った重さの分だけ、優しさという贈り物を神様はいつもその手のなかに用意しているような気がします。 (長い間、−いのちに寄り添って−を休んでおりました。これから又書きますので是非お読み下さい)
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| 102 忘れ雪 |
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| 101 おくりびと |
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