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◆◆◆「いのち」に寄り添って

赤井 聖子

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103. 葉っぱの囁き

1年以上もの長い時間、私は自分の存在が何処にあるのか分からないままに過ごしてしまいました。

以前私が居たホスピスという場所は、生と死が共に生きていて、そこにいる全ての人との関わりそのものが命であり宝物でした。「壮絶の中のなかの静寂」という空間の中で長い時間を過ごしてきた私には、それ以外の場所に拒絶反応を示してしまい、新しい職場の空気さえ気持ちよく吸うことが出来ず、陸にあげられた魚のようにパクパクとしていました

それでも、人は順応できるものですね。

私が最も大好きなこの緑萌ゆる季節が、私を生き返らせたのかもしれません。耳を澄ますと葉っぱ達はシャラシャラと囁きあっています。そうそう、去年の私にはこの囁きが届かなかったのです。風が運ぶシロツメクサの香りさえ気がつきませんでした。そよ風は黙って通り過ぎていきました。

心を亡くしていた一年間。長かったのか、まあまあ短くて済んだのか、どちらか分かりませんが、ともかく今の私は心を取り戻し、もう、忙しいという文字に振り回されるのはやめようと決めました

人は、生きている中で様々な体験をします。楽しいことも悲しいこともそして苦しいことも。避けて通りたいと思ったところで出来るはずもなく、時が経って振り向いてみれば、悲しみが向こうで手を振っていたということがあります。

辛いことも悲しいことも何とか乗り越えれば、そこには以前よりずっと優しさに包まれた自分がいることに、またまた気づかされた緑の中の私です。

流した涙の分だけ、背負った重さの分だけ、優しさという贈り物を神様はいつもその手のなかに用意しているような気がします。   (長い間、−いのちに寄り添って−を休んでおりました。これから又書きますので是非お読み下さい)

 

102 忘れ雪

  

 二十歳の頃東京で仕事をしていた私は、ある日友人と湯島天神の梅の花を観に行きました。境内は一面に甘酸っぱい香りが漂い、柔らかな春の日差しに包まれていたことを覚えています。

 男坂の急な石段を下りながらの帰り道、ふわふわと綿のようなものが舞い降りてきました。

 「忘れ雪・・・」だと思いました。もう誰も雪のことなど思い出すものもない春の昼下がり、何の前触れもなく雪が降ってくることがあります。地面に着くとすぐに消えてしまうはかないいのちです。

 私は、毎年誕生日の頃に降る初雪も好きですが、この最後の雪も大好きです。

 

 ホスピスのゲストと病院の梅の花を観ながら散歩をしていたとき、私は湯島天神での雪のことを話しました。

 「この辺は、そういうロマンチックな雰囲気じゃなくて、春になってもどかっと来るよね。」

 ゲストは、可笑しそうに笑って言いました。

 その時です。

 ふわふわっと、白いものが舞い降りてきました。

 「梅の花びら?」・・・

 それは空の彼方から、ふわりふわりと降る雪でした。

 「Tさん、忘れ雪ですね。」

 「きれいねぇ・・・。はかなげだねぇ・・・。まるで、私を忘れないでって言ってるみたいだ・・・。」

   地面に着くや着かずで消える雪を、私たちは何も語らずに見つめていました。

病院の梅

101 おくりびと

 「おくりびと」という映画がアカデミー賞の外国語映画賞に選ばれました。日本人の死に対する思いが癒しに繋がると評価されたらしいのです。確かに、亡くなられた方を前にして悲しみと絶望に打ちひしがれている家族にしてみれば、そのご遺体に敬意と愛を込めながら関わる納棺師の姿には癒されます。

 私もホスピスでエンゼルケアを行っていたときを思い出しました。まさに「おくりびと」そのものでした。

いいえ、それ以上だったかもしれません。

 エンゼルケアについては以前にも書きましたが、これには大きな意味が含まれています。

 ゲストが、全ての労苦を捨て新しい姿で旅立つ事への手助けをするのです。ゲストご自身が、又は御遺族が選んでおいた晴れ着を身につけて。

 まだ温もりの残るお身体を入浴や清拭で清め、着替えをし髪を整え化粧をします。たいてい御遺族も一緒に行いますが、私たちの心を込めた一連のケアを、御遺族は喜んでくださり、悲しみに溢れた心に「死」を受け入れる隙間が出来てくるのです。

 そして、私たちナースも心にけじめをつけることができます。ゲストとの別れに。

 ひとりの人をおくるということに、いのちの重さや厚みを感じ取ることが出来なければ、単なる死後の処置なってしまいます。

 映画の中で、主人公に感銘を覚えたのは美しい所作でした。凛とした神々しさがありました。

 美しい言葉や所作は、癒しになります。

 人生の旅を終えて旅立つ人への声がけと、涙にむせびながら見送る人への声がけ。そして美しい所作。

 それは日本人だから出来ることなのかなと思うのです。

*映画「おくりびと」は、カトリック映画賞にも選ばれています。