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◆◆◆司教講話集1◆◆◆

降誕祭日中のミサ説教 2001年12月25日

溝部 脩 司教

[ヨハネによる福音1・118]

 

 今日のヨハネの福音は難解で分かりにくいという印象があります。キーワードを頭に入れて読みますと分かりやすくなるのではないかと思われます。

  三つのキーワードを呈示しますので、ミサが終わった後もこのキーワードをもとに読み直してみることをお勧めいたします。

 一つ目のキーワードは“言(ことば)”です。なんども言(ことば)、みことばが使われています。

 世界が存在する前に神さまが来られ、神様がどのようにこの世界をお造りになったかということ、それは言(ことば)を通してであるということ。これが一番最初の部分です。この言(ことば)は世にあったともいわれています。

 それでは言(ことば)とは何でしょう。それはそれを発する人の思い、考えを表しています。その考えが口になって出て来たのがことばなのです。

 今神様の思い、考えが分かるためには神様が発した言(ことば)をみれば分かるということがいえるわけです。今日のヨハネの福音書ではその言(ことば)というのがイエス・キリストだといっています。だから神様の思いはイエス・キリストに  現わされているということが分かります。私たちは神様の思いを分かるためにはイエス・キリストを見ないといけません。イエスの思い、ことば、行いこれを見れば、そこに神様がどのように考えているのかが見えて来ます。だから言(ことば)であるイエスというお方を、しっかりと聞かないといけません。それで言(ことば)が第一に出て来るわけです。

 大切なのは、御父が遣わした言(ことば)イエス・キリストを受け入れること、聞くこと、信じることこれが一番大切なことだということです。

 今日はクリスマスで、幼子イエスさまが手を差しのべ、私を受け取ってくださいとお願いをしております。私たちは幼子イエスを受け入れればそれでよいのです。その受け入れた幼子イエスの向こう側に、神様の思い、神様の人間に対する深い愛、あつい思い、これを感じ取っていけば、神様が見えてくるわけです。

だから私たちにとって一番大事なことは、神様がお遣わしになったイエス・キリストを受け入れること、信じることが一番大事な課題なのです。

 ことばは不思議なものでして、何回も何回も繰り返しているうちに、味わいが出てまいります。何度も何度も読まないといけません。ことばを繰り返し味わうことができますと、ことばは人を変える力となってまいります。

 聖パウロは言(ことば)はデュナミス、力、ダイナモという表現を使っています。なんども繰り返していることばは自分の体に染み込んできて、自分を中から変えていきます。

 イエスというお方を受け入れ、その言(ことば)を信じて、それを何度も繰り返すことによって、自分が変えられていくわけです。言(ことば)を味わえる人はその意味で神をみることができる人になれるわけです。

 私たちは残念なことに言(ことば)に対して非常に鈍感です。従って自分の人生を見つめることができません。表層、上面(うわっら)、うわべしかみることができません。言(ことば)に味わいを知る人は、言(ことば)の中にあるもの、その意味をしっかりと受け取っていきます。これが大事です。

 

 二つ目のキーワードは光です。光ということばも何度もでてきます。

 光ということばは闇ということばの対語になっています。今日の福音書を読んでいきますと、光がくると闇のなかに逃げ込んでいく人たちがいる、この人たちが問題なのだといっています。光がくるといつも闇へ闇へと逃げ込んで行こうとする人たちがいます。自閉症になり自分を殺してしまいます。光に向かって素直に歩めばいいのです。光がくると闇に逃げてしまう。これをヨハネは「裁き」とよんでいます。

そんなことをしたから神様が裁くという意味ではなくて、闇から闇へと自分を  追い込んでいく状態が裁きなんだといっております。

 ここのキーワードでも同じ結論です。みことばを受け入れること、これが光です。イエスというお方が手を差しのべて、わたしを抱いてくださいと頼む、それを受け止める、これが光なのです。イエスというお方を受け止める行為が光の道を歩むことなのです。問題はイエスというお方を受け入れるか受け入れないか、あのお方のものの見方を受け入れるか受け入れないか、あの方のことばを何度も

味わって自分を変えていくか、いかないか。この二者択一の前に私たちは立たされております。

 

 それでは第三のキーワードです。命(いのち)です。光は命であった、ということばが使われております。

 イエスというお方を見る人には新しい命が始まります。イエスはあなたの闇を追い払って、新しい光の道を歩ませるお方、すなわちイエスは光であり、命であるということです。この命は血肉によるものではなく、男の意志でもない、自分の血でもない。それは上からの力なのだということばを使っています。

 私たちが新しく生まれ変わるのは自分の力によってではなく、上からの力、  イエスというお方を見る、信じる、これを通して、上からの新しい息吹きを通して、自分が変えられていくのです。新しい命が始まるのです。

 自分の力でこの世の諸々(もろもろ)の出来事を解決し、自分で生きていこうとする人生観に、イエス様は真っ向から対立しております。あなたは弱い、あなたは  有限なのだ、あなたを超えているお方の思いがある。あなたをその闇から救うために、自分の一番愛する御子を見なさい、信じなさいと彼を遣わされたのです。その御子は、馬小屋で自分のすべてを、人の手に委ねます。

 私たちは胸を張って自分の生きかただけを主張していますが、イエスは自分の人生をすべて人の手に委ねてしまうのです。

 この三つのキーワードを概観してみて共通することは、イエス・キリストというお方の深い愛ということで全部が総合されてまいります。

 私たちの信仰というのはイエス様こそ私たちを救ってくださるお方、メシア、私たちとともにいてくださる神「エンマヌエル」だということにつきます。

 私たちは自分の生活の中に、イエス・キリストというお方をどのように迎えるのでしょう。この方とともに人生を生き、自分が中から変えられていくところに人生の喜び、人生の深い意味を読み取っていくことができるわけです。

 私たちは教会になんのために来ているのでしょう。イエス・キリストという  お方の思いを通して自分自身が変えられていく、これを求めて教会に来ているといってもいいでしょう。

 今日のクリスマスのごミサの中で、こういったことを考えながらミサを続けることにいたしましょう。

以 上

 

於 カトリック仙台司教区カテドラル(元寺小路教会)

 

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降誕祭夜半のミサ説教  2001年12月24日

溝部 脩 司教

[ルカによる福音2・1−14]

 十数年前に清貧の思想が持てはやされたことがありました。その時代は日本にお金が有り余って、そのお金で土地や物を買いあさった時代です。その時代に  出されたのが清貧の思想です。

 今になって考えてみますと、お金があったわけではなく、金の遊びであって、金転がしであり、実態のないマネーゲームに過ぎなかったということが分かります。泡(あぶく)のような経済が破綻すると、残っているのは余計な土地と物とそれに付いて回っている借金で、いま日本はそれを抱えています。

 清貧の思想が流行った時期、あぶく銭が溢れて、人間が高慢ちきになった日本に対して警告を発しようと、その時に売れた本には、日本の伝統に従って、倹約とか節約を大切にしなければいけないと叫ばれておりました。

 十数年経ってあぶく銭が消えてしまうと、今度はその埋め合わせに、人々が貯めていたお金をいかに引き出そうかという議論が盛んに行われております。結局は倹約とか節約とかいう精神論はあまり役に立たない、お金が有っても無くても、お金を対処することが一番大事なんだと、このような見方が底流に流れております。

 このような時代に宗教界はどのような反応をしたでしょう。非常に心寂しい反応しかしなかったように思います。日本人の好きな西行とか、山頭火を出してきて、世捨て人の発想が宗教家の発想だと短絡的にしてしまいます。ある意味ではヒッピーと同じかなという気がするわけです。ヒッピーは20年前の若者たちが金や物から自由になるそれが社会に対する一つのしるしなのだと、反社会的な抵抗をアピールしました。

 “七つの水仙”という歌がありますがその歌には、僕には1ペニーの金も無いし、土地もないけれども、しかし丘に咲く七つの水仙を君に上げようという、きれいな歌になっております。一つのスタイルです。これが清貧のスタイルと重なりまして、世俗から超越したところにあるのが宗教なのだという、ものの見方が定着してまいります。しかし、気をつけないといけないことに、宗教というとこのようなスタイルを理想とする向きがあります。汚濁社会から離脱したところに宗教がある、とそのような錯覚をもってしまいます。

 このような中で、クリスマスということを皆さんと考えてみたいのです。

 クリスマスが、この汚濁と欲望に満ちた世界から乖離(かいり)し、遊離し、感傷めいた美しい物語になっていないでしょうか、現代社会から離れたところにクリスマスの意義を見つけていないでしょうか、だから倹約するとか、質素な生活をするとか、この汚濁の世界から抜け出して、一瞬のきれいな世界に生きるということが、クリスマスのテーマになってしまいます。そのようになるとクリスマスが失せてしまうのではないかと私には思われます。

 それではクリスマスとはなんでしょう。

 聖書の考え方をとりますと、神は最愛の御子をこの世に遣わした。これがクリスマスです。この世に遣わした、ではこの世とは何でしょう。この世を喜びに満ちた浄土の世界とはあまり考えておりません。むしろ汚濁にまみれた苦悩の多い世界であるということ、そこに生きる人間は、欲望という闇の中にもがいている存在であること、これを伝えております。闇の中に沈み込んでいく存在、もがいている存在、この人間に対して神はひとり子を遣わします。すなわち、われわれが生きているこの世から逃げたところに宗教があるのではなくて、われわれが生きているこの世界に、この汚濁の中にこそ、宗教が花開かないといけないと伝えております。

 私たちのこの苦悩を一緒に生きるために、神はその御ひとり子イエスを遣わします。イエスはこの時代の私たちの苦悩を一緒に生きるために生まれてくださいます。したがって私たちはこの世界から逃げ出してはいけません。同様にこの  世界に迎合して、その中に沈み込んでもいけません。この世界に生きながら、  そこでもがいたとしても、新しい世界に向かって一歩あゆまないといけません。それが私たちに与えられた課題だということを、クリスマスは思い起こさせてくれます。

  今私たちは幼子の前にいます。幼子はその小さな手を差し出し、この世界に生きている私たちに、送り続けているメッセージがあります。

  すなわち、私たちはこの世界にあって自分の使命、自分の身分、自分の才能を使ってこの世を生き抜いていくこと、より良い世界に向かって歩まないといけないこと、このようなメッセージを私たちに流しております。

 逃げて、避けて、きれいな世界に逃げこむ宗教は力がありません。唯々諾々とこの世の論理や欲望に縛られた生きかたをする宗教も役にたちません。力がないでしょう、ただ迎合するだけです。

 現代社会の中で、私たちは宗教が何を伝えるのかを考えないといけません。

  私たちは教会の中で、感傷にひたっているような時ではありません。自分だけが宗教的な享楽にふけっているような時でもありません。

 私たちはこの時代の汚濁というものを自ら背負って生き抜く、このような使命を帯びております。

 現代の世相を少し見てみましょう。

 同時多発テロが起こり、それに続くアフガニスタンへの攻撃が続き、パレスチナ紛争が起こっております。そこから難民が出て、飢えがあります。国内をみますと児童虐待があり、売春があり、自殺ありと、数えればきりがありません。何でもありです。私たちの言っている汚濁というものがよく見えてまいります。これらの現実を百も承知のうえで、この時代の苦悩を生きるためにイエスというお方はお生まれになります。私たちは、たった一度の生をいきています。たまたまではなく21世紀のこの時代を、人類とともに現代の苦悩を生きるため、私たちは今生きています。この時代を生きるために、神様から“天職”というものを与えられています。私たちは自分に与えられた身分とか、能力とか、 才能に応じて現代社会に尽くすべき領分があります。その領分が何であるかを 見極める必要があります。それは家庭であり、職場であり、学校でしょう。それらを通して私たちは、現代社会を作っていかなければならないのです。また社会人として、この責任ある生活が求められております。

 この意味で馬小屋、クリスマスは逃げの思想ではありません。現代社会の種々の問題に対して私たちのものの見方、立場をしっかりと鳴らしつづける、警鐘するという預言者の良心を私たちは担っているのです。

 

 教皇様は宗教家として宗教が目覚める、これが大事だといわれました。年の暮れには全世界のカトリック信者に対して、断食をして平和のために祈るよう呼びかけられました。また1月24日の世界宗教者会議の中で、世界平和の祈りを徹底して行おうという運動をしております。

 私たちはこの現代社会に向かって、目を神にあげて平和を祈っていく、こういう姿勢が求められております。

 このごミサに参列されている皆さん、私たちが生きている時代は、苦悩の多い時代です。ただ奇麗なだけのクリスマスではなく、いろいろな問題が起こっている大変な社会であるからこそ、だからこそ、私たちは心を引き締めてこの時代を生きていく決意を、このクリスマスのミサを通して新たにいたしましょう。

                           以 上

 カトリック仙台教区カテドラル(元寺小路教会)の降誕祭夜半のミサは、19時と23時に行われました。この説教の記録は23時のテープを主にしたものです。

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現代を見つめる

溝部 脩 司教

21世紀はどんな時代であろうか。それよりも20世紀から引きずってきている問題は何なのか。今年カトリック学校教育委員会の委員長に任命されて、この問題をしきりと考えるようになっている。

 

新しい公共の確立          評論家で、その昔三井物産ドイツ支店長をしていた寺島実郎という人がいる。一昨年の8月の「文芸春秋」に、「団塊の世代の責任と使命」という記事を載せている。それを要約すると次のようになる。この世代は今まであった組織、例えば大量生産とか、一斉授業とかを壊して、しなやかな個を求めたという。90年代にはそれが実現して、日本は豊かな個の成熟した社会が生まれると予見した。しかし、21世紀に入っても日本は決してしなやかな個が溢れる社会をつくることに成功しなかった。しなやかな個どころか、自分の小さな家庭、幸せを守る日本人しかつくることができなかった。それがほんの少しでも侵されると、人権だ、自由だとくってかかる。わがままな自由しか理解できなくなり、日本の経済そのものが崩れる時には、今まで頼ってきたものがすべて崩れ去り、弱弱しい個が露呈したに過ぎない。要するに弱弱しい「私」が最優先される社会が生まれたに過ぎない。

 寺島は更に神戸の首切り事件に言及して、次のようにも言っている。酒鬼薔薇聖斗の父親の手記「少年A」を読んで、彼は愕然としたという。それは本に書いてあることではなく、全く書かれていないことについての発見であった。それはこの本の中にただの一度も、社会とか、時代とかという問題意識が出てこないことである。つまり、時代の課題におやとして、大人として関与して、苦闘する部分がそのまま欠落している。親が社会の問題に真剣に闘い、時代のテーマに挑戦していることを実感した時に、子供は間違いなく厳粛な気持ちになるものである。これからの日本の社会のあり方、つまり公共性の確立について責任ある構想を日本は提示する必要がある。

 うなずくことの多い一文である。「私」という視点が強くなり、「公」という意識が薄れたのが現代といえる。従ってモラルの崩壊、「モラルハザード」(倫理崩壊)が官から私まで広く蔓延して、はや止めようもないくらいである。それは賄賂であったり、売春であったりする。公共の確立のためには、ボランティア活動、NPO構想などを真剣に考える時になっている。日本全体の問題を踏まえて、NPOやNGOをどのように判断し、どのように社会に浸透させ、還元できるか、どのようなシルバー人材を使えるのか、若者をいかに育てるのか、こういった文脈の中で子供と社会の接点を考える視点が、現代の教育に求められている。

 

無責任社会        ヴァティカンの教理聖省長官、ラッチンガー枢機卿はジャーナリストとの対談で、現代とは何かという問いに答えている。彼は「現代とは、相対主義の時代」と回答している。すなわち全てに区別を取り外していく時代であるというのである。親と子の区別がない。お兄さんのような父親、お母さんのような母親が理想的なのである。学校でもどこに先生が居るのか分からない。先生も学生も区別がつかない。同じジーパンで、髪の毛が長くて、男も女も後ろから見たら見分けがつかない。こういう社会で、「聖職」といわれるものはなくなる。例えば教会の中で、司祭と信徒は全く平等なのである。“聖なるもの”とか“俗なるもの”とか、そんな区別は消えてしまう。教育者、聖職者は消えて、教育者は生産者、労働者に過ぎなくなる。

ラッジンガーは見事に現代を言い当てている。全てを相対化して、全てを平等にしている。学校などが良い例かもしれない。今年入った新入職員も、30年間のベテランも同等の発言権をもっていて、会議で全てを皆と図らなければならない。これは誰も責任をとらない結果をうみだす。皆平等であるといって、その実、誰も責任をとらないのである。誰かが責任をとってやり始めると、足を引っ張る。その結果なるべくことを荒立てないように、無難にこなすことが長の理想的姿となる。

 無責任な、評論家的発言のみを繰り返す人々が多い現代にあって、責任をとる長、責任を引き受ける人々を作り出すのが、現代教育の目標である。自分の孫か娘のような女子中高生に群れている中年男性の援助交際など、まさに不気味な社会の様相である。検察官、警察官、教師、裁判官、そして官僚と日本列島はまさに倫理崩壊(モラル・ハラスメント)の一路を辿っている感がある。それもこれも全て無責任社会の生み出す結果なのであろう。

 

体験を広げる          先日、「高校生」(千石保、NHKブックス)という本を読んだ。アメリカと日本の高校生を豊富な統計で比較をして、その違いをしっかりと分からせてくれた。結論的なことから言うと、「アメリカと日本の高校生の根本的な相違は一つである。それは、父親がボランティア活動にかかわっている率が違う」ということだという。母親もそうなのだが、アメリカの社会のシステムにボタンティアが組み込まれているといっても良い。教会の中でもボランティアは当然盛んで、損得とかかわりなしに、何か社会の公共性に寄与する考えが定着している。日本の場合は、父親はほとんど企業の中にどっぷりとつかっていて、それを望む父親が居たとしても、ボランティアができないシステムになっている。

聖パウロ女子修道会『協力者会通信』23号 掲載

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「雄々しくあれ、恐れるな」(イザヤ351〜6)

溝部 脩司教

 きょうの第一朗読のイザヤ35章には、「雄々しくあれ、恐れるな」ということばがあります。イザヤがこれを書いたときのユダヤの国の様子はどうだったのでしょう。この国はすでに敵に囲まれ、もう救いようのない状況でした。

 問題の本当の重大さは、国が滅びようとしているその時にそれに気づかない鈍感さです。国の為政者もその国に生きている人たちももう瀕死の状態にあったはずです。これについてイザヤは言います。相変わらず実りのない議論ばかりしている為政者たちに言っています。白だ黒だといろいろな議論だけをしている、勝ったとか負けたとか言って自己陶酔に浸っている彼らに言うのです。 格好よく、ほめそやされる所には喜んで顔を出す、袖の下、賄賂をとっててんとして恥じないと。

 イザヤは声をあげます。「国は滅びる」と。

 それに反してイスラエルの偽預言者は「平安だ平安だ」と叫ぶのです。「大丈夫だ、そんなに心配することではない。大丈夫、ユダヤの国は決して滅びることはない。」

 イザヤは更に声をあげます。「偽りの預言者たち、自分の身を守るためにだけ思いを巡らし、国を滅亡させている者たちだ」と言います。

 今日はどうでしょう。人々は緊急な状況にあるのに気づいていません。人々は娶り、嫁ぎ、家を建て、銀行にお金を貯め、倉を建て、私の老後は大丈夫、これで安心だと考えています。

 イザヤは声をあげます。「安心ではない、こんな倉はなんの役にも立たない」と。困ったやもめのお金を取り上げ、そして孤児たちに目を留めないあなた方は不幸だと言います。

 しかし、そういう中にあって、なおその中に残っている少しの人、ほんの一握りの人、憂いている人、こんな状況で大丈夫なのだろうかと考えている人、この人たちに向かっていう言葉が『雄々しくあれ、恐れるな』ということです。きょうのこの言葉は一握りの『気づいた人たち』に言う言葉です。いかがでしょう。現代の私たちに、そのままそっくり当てはまらないでしょうか。

 私は時々日本の近未来のことを考えることがあります。近い未来今のままで、子供がいなくなって、仕事がなくなって、暖房が途絶え、家が崩れ落ちていく。私たちはこのような質問疑問に対して何と答えるのでしょうか。問題はそれ以上に、そういう状況になっても平安だ平安だ、まだ大丈夫だと叫ぶ人が居るということです。こういう状況になっても健康食、ふとりすぎ、ストレスが一番の関心事なのです。

 その時、一握りの『気づいた人たち』に向かって呼びかけられる言葉が「恐れるな」ということです。こういう時代だからこそ、現代の奥深い欲望に向かって、またこの世界に向かって敢然と毅然と立ち上がり、「雄々しくあれ」と呼びかけます。イザヤは今私たちにも同じことを言います。「目覚めなさい」。

 きょうは篠田教会の最後のミサになっています。主は私たち、ミサに与っている一人一人に「恐れるな、雄々しくありなさい」と呼びかけておられます。

 すべては神の手の中にあります。人が生まれるのも死ぬのも神の手の中です。同じように教会が建てられていくのも終わるのもすべて神の手の中です。エルサレムの神殿が壊れないと信じていた人々は、エルサレムの神殿が壊れることで新しい礼拝が出来たに違いありません。

 篠田教会が建てられたのはベンサン神父様がいたから、教会がなくなるのも神父様がいなくなったから・・・・これくらいのものの見方しか出来ません。大事なのはそこにいる人が大切だということです。その上に神様の手があるのです。篠田教会の歴史を通して厳然と教えているもの、それは、私たちは選ばれた数少ない現代の預言者たちだということです。神様はこういう現代の深刻な状況の中にあって、私たちを選ばれました。どんな状況の中にあっても、人生のすべてにおいて神様の手を信じること、これが一番大切な課題なのです。

 篠田教会という名前は無くなるかも知れません。でも、篠田教会で培われた信仰は今から芽生え、今から花開き、今から始まると考えてよいと思います。ぬくぬくと温かかった篠田教会を今出て行き、この社会に喜びを伝えるという使命をもっています。イザヤは雄々しくありなさいと望んでいます。同じように私も皆様に「メソメソしないで雄々しくありなさい」と申したいと思います。キリストの言葉を伝える神の使いとなる、これを篠田教会で培われた信仰を通して生きてくださることを、心からお願い致します。

 なお、最後になりましたが、今朝本町教会の信者さんにも申しました。「ただ篠田教会から信者が来たから温かく迎えるという気持ちでしたら、決して一つの新しい教会は完成しないだろう」と。

 聖パウロはローマの教会へ宛てた手紙の中で、「私はあなたたちの所に行きたい。行く目的はあなたがたによって信仰の力を得、それから励まし合いたい。そのためにあなたがたに会いたい」と言っております。教会とは何でしょう。ただの人間の集まりではなく、信仰を極めるということをはっきりわかったうえでの新しい始まりなのです。

 篠田教会がきょうで終わることが、終わりを意味するものではなく、これを通して青森の地区の宣教司牧という問題に一石を投じ、これを通して福音宣教とは何か、みんなで考えてみようではありませんか。教会とは何かを考える一つのよいスタートになればと考えております。

20011216 篠田教会最後のミサでの説教 

 

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「知恵と識別、思慮と勇気」の霊、イエス 

溝部 脩 司教

  今日の第一朗読はイザヤ11110を読ませています。そこで問うているのは、真の知恵とは何か、ひいてはそれによる人生の識別とは何かということです。「エッサイの株からひとつの芽が萌え出で、その根からひとつの若枝が育ち、その上に主の霊がとどまる」。エッサイの株はイエスの先祖であり、そこから萌えいでる若枝は約束された方、主イエスのことなのです。彼は、「知恵と識別、思慮と勇気、主を知り、畏れ敬う霊」に満たされているのです。

知恵は分別のことをさしていて、この世ではおふくろの知恵とか呼ばれて、損をしないように分別を身につけることが大切だと教えています。これは常識に基づき、うまく世渡りするための知恵です。きらいな人は避けなさい。好きな人にはよくしてあげなさい。自分の主張はきちんとして、損をしないようにしなしさい。これが分別だと考えます。ところが、聖書でいう知恵は、その逆のことを言っているのです。これを「上からの」分別と呼びます。「上からの」分別は、イエス・キリストのものの見方によるものです。ベトレヘムで裸で生まれたこと、十字架につけられたこと、貧しいやもめの献金を喜ぶこと、罪の意女を受け入れること、これらがキリストの知恵です。

この知恵に基づいて、キリストを信じる人々は人生の識別をするのです。従って、まず、主が私に何をお望みになるかを自分に問うことから始めます。私の人生に望まれるのは何ですかという問いかけをします。進学にしろ、結婚にしろ、独身を選ぶにしろ、神様がお望みになる人生を選ぶことをするのです。学力があるから上級学校に行くのではなく、それを通して私の人生はどこに向かっていくのかを神の前に考える習性を持っているのです。親子で跪いて祈って決断するなどということは、現代では夢のまた夢でしょうか。結婚についても然り。 まず聖堂でしっかりと神の声を聞くことから始めることができないものだろうか。家庭の問題についても然り。識者の間を右往左往して意見を求めることに終始して、神の前に神と語らうことなど全くなくなってしまう。「この世の」知恵に終始しているからであろう。

独身についても一言。仕方なしの成り行きの独身は、生きる力とはならない。神の国のために独身をしっかりと受けとめる人がいると、イエスさまは言っています。選び取った独身は、それは司祭職であり、奉献生活なのです。その実りは計りがたいものです。結婚もしない、奉献生活もしない人生もあり得ます。しかし、その身分を神の前にしっかりと受け止めて生きていくことなしには、それは人生の実りをもたらしません。結婚生活をしている人が、それ以外の生活を求めてうろうろすることも実りがありません。独身を選んだ人が、結婚生活をあこがれて生活しているのでは、人生は実りません。

洗礼者ヨハネは徹底した生き方を選んでいます。神の前に、自分はイエスの先駆者にすぎないことを、彼は自覚しています。イエスがくれば、自分は消えていく存在であると何度も主張します。自分の役割をしっかりと認識しています。私が私の人生を通して果たす役割とは何なのでしょう。これを見つめることができる、これが「上からの」知恵です。

最後にニーバーの祈りをもって終わりましょう。「神よ、変えることのできないものを受け入れる平静さを、変えなければならないものを変える勇気を、このふたつのものを見分ける知恵を、このわたしにあたえてください」。

2001129日 待降節第二主日 説教  (於 カトリック八戸塩町教会)

 

 

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「狭い門から入りなさい」

溝部 脩

 「救われる者は少ないでしょうか」(ルカ1323)と、不安げに弟子たちはイエスに尋ねています。弟子たちは数を問題にしています。多いのか、少ないのか、力があるのか、能力に劣っていないか。何時の間にか力と能力、能率主義が人生の基準になっているのです。日本の教会は人数が少ないからだめだとか、韓国の教会は人が溢れているとか、信徒大会に何人集まったとか、とかく数と力に基準をおいているのです。

 イエスは「狭い門から入るように努めなさい」と言われる。大きなバスで乗り込んで来ても、狭い路地には入れません。狭い路地を忍耐して歩いて戸口に到着します。さっと格好良く車で乗り付けることはできません。一人づつ入っていく狭い戸口なのです。信仰の世界は大量生産の場所ではありません。私たちは信仰の世界をどこか形で保っている部分があります。遊び半分で、ボランティア半分で、どうにか信仰の生活らしいものを保っています。そんな状況で戸を叩いて主に、開けてくれと頼むのです。「ご一緒に食べたり、飲んだりしたではありませんか」と主に叫ぶのです。食べたり、飲んだりした旧知の間柄ではないですか。硬いことを言わずに開けてくれよと叫んでいるのです。主人はきっぱりとそれを断ります。“そのくらいの付き合いなら、家に入る資格がない”というのです。入り口に入る前にうろうろしている限り、本物の信仰の世界には入れないのです。

 ローマ書では「苦難は忍耐を生む。忍耐は練達を生む。練達は希望を生む」(5,45)と言っています。 ―「苦難は忍耐を生む」― 地道に歩む人は苦難に遭遇すると祈りを持ちます。何度も祈りをくり返しているうちに、人生は忍耐であると気づくのです。黙ってことを受け止める術を身につけます。―「忍耐は練達を生む」― 練達とはラテン語の“Constantia”の訳であり、平静にことを受け止める力のことです。忍耐して受け止める習性をもつと、いかなることが襲いかかっても、平静にそれを受け止める平常心が与えられます。黙って受け止めていく中で、どんなことがあってもたじろぐことのない強さが与えられます。 ―「練達は希望を生む」― 信仰をもってことを受け止める人は、決して希望を失いません。暗黒の中にあっても、その向こうにある神様の手を信じているからです。

 「狭い門から入る」とは、人生の苦労を受け止めていく信仰のことをさしています。忍耐してこつこつと人生を築き、できない時は神様に任せ、信頼して歩んでいく道のことです。数や力に頼らず、神様にすがっていく生き方のことです。

 最後にヘブライ書で終わりましょう。「およそ練達というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われますが、後になるとそれで鍛えあげられた人々に、義という平和に満ちた宝を結ぶのです」(12、1113)。

これは2001年8月26日、西仙台教会でミサ中に話されたものです。

 

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マリア信心と教会

溝部 脩 司教   

2001年815日聖母被昇天祭のミサの説教

  大浦教会と大浦天主堂とマリア様とは切っても切れない仲であるというのはご存知でしょう。

私は仙台教区に大浦天主堂から来ております。大浦天主堂に住んでいましたので、毎日天主堂の周りを神学生達と一緒に歩き、食事が終わって夕方の7時にロザリオを唱えて、マリア様の前でサルベレジナを唱えて、という生活を365日やっていました。

 マリア信心とは長崎で急に起こったことではなく、400年前のキリシタン時代からのマリア信心に深く根ざしています。昔、島原半島に「サンタ・マリアの組」というのがあり、組の規則、掟を作っていました。その「掟」がローマの資料館に残されています。その掟を読みますと、400年前の信者達がどのような掟で生きていたのかを知ることができます。例えば、島原半島では、有馬の信者達は50人ずつ1つの組を作っていてそれを「小組」と呼びました。「小組」がいくつか集まって「大組」、各組には組長、即ち組の親がいて、さらに「大組」が重なって「親組」がありました。島原半島の中では、五つの組がありました。神父さん達は定住ができなかったので、教会の巡回をしていました。不在の間は、小教区は組の親達が責任をもって運営していました。

 組の親達は「寄り」ということをしていました。親達が「話」をする訳です。基本的なキリスト教の教えや共同体を守る必要の話をするわけです。だから彼らは「談義者」と呼ばれていました。つまり組の頭、親達は話をする人達なのです。現代で言えば集会祭儀の責任者です。

 米沢の殉教者を見ますと、甘糟右衛門は「談義者」と呼ばれています。つまり組の頭、親であり、組の親達は集会祭儀、共同体の集まりの中で談義をする。司祭がいませんから組の親が談義をしたのです。サンタ・マリアのご像を飾ってローソクをつけて談義をして、談義の後で皆で「輪座」、輪になって分かち合いをしました。今聞いた話しについて自分の意見を述べながら信仰を深めたのです。それからロザリオの祈り、そして時々は霊的読書をしました。聖書がありませんでしたから「キリストに倣う」とか「殉教者の伝記」、「さんとすのご作業」といった聖人伝を暗記するまで読みました。あとには殉教に備えて、司祭がいない時にも罪のゆるしがあることができるように「コンチリサンの略」という本が書かれて皆暗記するまで読みました。神父さんがいなくても痛悔の心をもって神から罪のゆるしをもらうようにその本はすすめているのです。それが長崎では伝えられて今まで来ました。

 迫害が終わって神父さんたちがやって来た時、どのようにして信仰を続けたのかということが分かったのです。信者たちは「コンチリサンの略」という本を全部暗記していて、暗記したことを書き写してみたら昔書かれた本だと分かったのです。

 迫害の間に、水方、帳方、聞方、すなわち洗礼を授ける人、教えを伝える人、それから典礼の順序を間違えないように典礼係としての役目の人、これらの人が各地域の共同体には特別にいました。この3人が伝統的に共同体を守ってきたのです。これが300年もの迫害の中で、浦上において、外海において、神ノ島において、五島において、信者たちが信仰を守り続けてきたたった一つの原因なのです。その後にはいつもサンタ・マリアを中心とした信心がありました。

 神父さん達は巡回しながら普通の信者さん達に公教要理を教えるよりは組の親達を集めて基本的なキリスト教の教義を教えて、祈りを学ばせたのでした。司祭の主な役割はミサをして、告解を聞いてということでした。それが昔の教会でした。

 感動的な大浦天主堂の出会いがあります。1865317日、プチジャン神父さんが祭壇の前でひざまずいていると、156人の人がみえてマリア様のご像を前にして「私たちの心はあなたの心と同じです」といいました。プチジャン神父様の手紙を読みますと、「私たちの心、あなたの心」とローマ字で、すなわち言われた通りの言葉で書いてあります。

 これは決して偶然ではなく、長い間マリア信心で培われてきたからこそ、あの日の感動的な出会いにつながっているのです。

 今日、皆さんと一緒にロザリオを唱えながら、私たちもマリア様とのつながりが大きいなと感じております。

 実は私は昨年の5月の13日に仙台教区の司教になるように言われましたが前日の12日の8時に電話がかかってきて「あなたを仙台教区の司教に任命するが、急に言われても何とも言えないだろうから、あなたに一日あげる。明日の8時に電話するから返事をください」と言われました。大浦天主堂にいましたので、マリア様の前で、落ち着かないまま、観光客が行ったり来たりしている中で祈りました。7月の初旬に長崎を引き上げてこちらへやってきました時に、マリア様の前で「私は私の使命、仙台教区長としての仕事を、よろしければ愛する仙台教区をマリア様にお捧げします。」と、こちらの勝手な思い込みなのですが、仙台教区をマリア様に捧げてまいりました。

 カトリック教会はいつもマリア信心をとても大事にしてきました。マリア信心を通してカトリック教会が一つになり、マリア信心を通して十字架の苦しみを耐え忍んできたといえます。

 今日こうして聖母被昇天の祝日のミサをあげることができることは大きな喜びです。

 与えられた信仰の喜び、それを最も味わうことができるごミサをご一緒にささげましょう。 

於 青森・篠田教会

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ゆるしと平和を求めるミサ・説教

              2001年8月12日18時〜

於 カトリック元寺小路教会

 一週間前の8月5日・日曜日に、私は長崎の巡礼から広島へ回り、広島での平和祈願ミサに全司教参加のもとに与って参りました。 20年前に教皇様が広島にお見えになって、決して戦争があってはいけないという決意を表明しました。

 このことを記念して教皇様の意向に従い、日本のカトリック教会は、平和の決意を新たにする、という気持ちで広島においてミサをあげました。

 20年前の教皇様は「歴史を振り返ることから平和が生まれる」ということを話されております。

 20世紀を振り返りますと、まさに戦争の連続でした。そういう中で私たちの日本も大きく戦争と世界の歴史にかかわりました。8月の平和記念ミサはこの歴史を振り返ってみる機会となっております。    

 そこで今日は、歴史を皆さんと分かち合いたいと思います。

 日本の学校では残念なことですが、受験のこともからんで現代史をよく学ばないという傾向があります。私も高校のとき現代史まで学ばなかったように記憶しております。これは大きな欠点を私たちに残しました。現代の日本では歴史を知らない世代があまりにも多すぎるということではないでしょうか。このことがひいては平和への決意を鈍らせており、平和への祈りやミサを何度しても、われわれの生きた世紀が、何であったかという理解に乏しいのではないのかと、私には思われるのです。

 歴史には、“事実”と、“それを理解する”ということの二つがあります。

 例えば、ある戦争で十人が死んだとか、百人が死んだとかの事実を調べるのも歴史です。しかしそれ以上に、十人であろうと、百人であろうと、どうして死ななければならなかったのか、この原因を調べるのも歴史です。後者のほうが大事な歴史かもしれません。

十人であった、百人であったという議論ばかりを、いつまでしても仕方がないということがあるわけです。

 戦争の原因ということも二つに分けて考えられます。身近な原因と、遠い原因です。

 身近な原因というのは、例えばどちらが発砲したから、これに答えて戦争になったという直接的な原因です。また遠い原因として、例えばある国が暴力ではないけれど、精神的なあるいは経済的ないろいろな封鎖を受け、制限されていって、その中で悲憤やるかたなく徐々に、徐々に戦争という心理状況に追い込まれていったのだ、というものの見方があります。

 例えば日本は戦争に追い込まれていって、結果的に世界を不幸におとしいれていったのだという、このような見方をする人が多くおります。

 私たちは、自分の子供達に過去の戦争を、どのように伝えていったらよいのでしょうか。ごミサに与って平和の祈りをしていればいい、というだけでよいのでしょうか。どのように説明したらよいのでしょう。一人ひとり考えなければいけない課題です。

 ある教科書を読むと、日本は戦争をせざるをえないように西欧諸国から追い詰められていったのだと、このような色彩の文章に出会うことがあります。それと反対に、日本は自分の国益だけを求めて他の国々を侵略していき、他の国々を不幸にしていったのだという文章にも出会います。今歴史の教科書問題でこの二つのものの見方が、みごとに衝突しているといってもいいと思います。

 もしも前者でしたら、日本の責任は歴史の必然である、と過小評価される可能性があります。必然的にこうなるより仕方がなかったのだという、マルクス主義的な歴史観に支配される可能性が十分にあります。その中で、われわれは何も出来なかったのだろうか、という問題提起は一切なくなってしまいます。

 もしも後者でしたら、自らを卑しめて、歴史の正しい評価を与えないということも有りえるということです。自分の国益だけを求めて間違ったことばかりだった、というものの見方になってしまうおそれもあります。

 教皇様が話された歴史を振り返るということは、私たちが2〇世紀の戦争の歴史から何を学び取っていくのかということを問いかけていると思います。

 皆さんもそれぞれに、戦争に対する問題提起と、それに対しての解釈と答えとをお持ちでしょう。それでもあえて私は問いかけたいのです。戦争一般ではなく、日本が始めた戦争とは何であったかという問いかけです。

 今度の戦争で一つ言えますことは、世界の歴史の流れの中で、日本が戦争に追い詰められていったとしても、日本の国益を中心とした欲望が、強かったということも、確かではなかったかということです。そういう中でアジアの国の人々、あるいは日本の若者たち、いろんな人たちを不幸な戦争に巻き込んでいったことも確かです。遠い原因で、確かに追い詰められたということもあったでしょう。しかしそれでも結果的にはわれわれの国益ということを、まず何よりも優先させた価値観があったのではないでしょうか。

 しかしだからといってすべてを政治家の責任にして、巣鴨で処刑されたので、はや解決済みとして、これで手を洗ってもいいのでしょうか。なにかの形で私たちは、償いというものをしていかないといけません。なにかの過ちがあったら、必ず償いがあるのです。それは政治家がするということで本当によいのでしょうか。

 私たちがこうして平和のミサに与っているのは、私たちはきれいなのですよ、と言って与っているのでしょうか。

 最近「謝罪」という言葉が多く使われていますが、私は個人的には「償い」という言葉のほうが適切だと思っております。何かを犯したときは必ず償いをしていく必要があります。

 ここで日本のカトリック教会のことを少し考えてみましょう。

 私たちの教会はいつも何か“貰う”ことに慣れた教会です。たくさんの宣教師がきて、たくさんのものを作って与えてくれることを当然とし、“与える”ということを学ばなかった教会でした。

 与えない人は、貰わないからといってブツブツ文句を言います。いわゆる、子供時代からなかなか抜けきれない状況になっております。そして揚げ句の果ては攻撃的になったり、内向きになったり、内ゲバを起こしたりと、今の学校に起こっている現象が、同じように教会の中にも起きる恐れがあるのです。

 今の日本の教会はアジアの国々にいろんな形で出ています。いろんなボランティア活動もあるでしょう。いろんな援助活動もあります。カトリック教会は日本の国と呼応しながら、こういう形で償いをしていけば一番いいのではないかと思います。

 理論的なもので謝罪だ、何だといっているよりは、実際アジアの人々と具体的な場で接触し、そして交わり、その中で必要なものを援助していけるなら、もっと実りのある平和外交となれます。「謝罪」というと湿っぽいイメージがありますが、明るい「償い」は多くの人の傷をいやします。大切なのは交流していこうという、大人としての日本のカトリック教会の、あり方が問われているのです。そうでないと自分の教会のいざこざばかりに終始し、つまらない教会をつくってしまう恐れがあります。いたずらに批判して反抗していくよりも、自ら行動することを通して、返さなくてはいけないものを返していく、こういう姿勢を私は高く評価したい。

 教会内にもボランティア活動があるでしょう。カトリック学校間でのアジアの交流もあるでしょう。そういうことを意欲的に進めていってほしいと思います。

 話をもう一度歴史に戻しましょう。

 戦争の責任というのは、それが大きいか、小さいかは分かりませんが、私たち一人ひとりにも“ある”ということは歴然とした事実ではないでしょうか。ただ、あまりにも歴史を知らないので、それを感じなくなっている“鈍感さ”、歴史に対する“にぶさ”ということが問題になっております。

 私たちは、自分たちのしていること、あるいは国是として一番大事にしたものが、世界を、人々を不幸にしたということを理解しないといけません。

 今日のごミサの中で、「二度度繰り返さない」ということは、次のようなことだと思うのです。すなわち、私たちは日本人としてアジアの国の人々、世界の国の人々と交流し、彼らと調和し、そして世界の平和のために働くという断固たる決意を持つことです。これを誓うのが今日のミサです。その方法として二つのレベルがあります。

 その一つは自分中心の欲望と戦うことです。常に争いと分裂を起こして、自分自身のエゴイズムに生きる、あるいは自分の主義主張でないと決して許さないというものの見方、これに対しては戦わないとなりません。

 現代は多元主義の時代に入っています。教皇様もいろんな形の参加型の教会ということを主張しておられます。いろんな人が、いろんな形で、いろんなものに参加しながら世界の平和をつくりあげていくというものの見方です。そのためには自分の欲望に対して戦いをしなくてはいけません。先ほど言ったと同じ結論です。

 二つ目です。それは平和の使者となることです。平和への祈りを通しながら、ボランティア活動を通しながら、そして歴史の深い造詣を通しながらいろんな形で、私たちは平和の使者となっていくことができます。

 ただ待っていて、平和が来るとは到底思えません。

 教会は平和運動の拠点であり、推進力となるべき場所であります。しかし、その方法は各人に任されております。私は年をとって働けなくて、そんな平和活動などできませんという方が居られるかもしれません。そうではありません。自分の家庭生活の中に本当に深い平和と喜びがあれば、それこそが平和への大きな活動なのです。

 これに関して自分と同じようにしないからといって、お互いを非難してはいけません。教会は自由に自分の活動を通しながら、平和をきずいていくように勧めています。

 同様に、現代のいろんな問題に目を向けましょう。

 過去を振り返ることは未来をつくることなのです。現代の問題にメスを入れることです。殺人があるでしょう。自殺があるでしょう、中絶があり、買春があり、児童虐待があり、家庭内暴力があります。ありとあらゆる私たちの社会を囲んでいるこれらの問題に対して、断固として警鐘を鳴らすのは、私たちの務めなのです。ただ、教会に来ていい子であっても仕方がないのです。

 現代社会の悪の面に戦いを挑んでいるという姿、これがカトリック教会が求めている信仰者の姿であり、これが今日の平和ミサの中心のものの見方であると考えています。

                   以上

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