佐藤百合子
音訳者の独り言 @ A B C D E
主はまことによみがえられた.アレルヤ!!!
仙台教区報の音訳を終えてコーヒーブレイクをと思いふと窓外を見ると近所に棲みついているねこが2匹なにやら対話を交わしている風。春だなあ。立って友人に頂いていたオレンジ・カモミールティーをいれる。一口のんでその香りを嗅いでいると定刻、郵便屋さんのバイクの音。エアメール。同級生の友人のSrからだ。アメリカ、サンフランシスコはロサンジェルスから。Ash Day(灰の水曜日)から四旬節の間の犠牲で親しい友人たちに手紙が書けなくなるから彼女らしい駆け込みメールだななどと思いつつ郵便受けに。
彼女が分かち合いをとして送ってくれたお話を皆様へも分かち合いの出前をいたしましょう。
彼女とはキリスト者としての様々な思いを交わし合い励ましあっているのだが、互いに神に捧げるという意識の故かいつ誰に見られても構わない内容である。互いに敬愛と共感を抱きつつ交わし合える恵みに感謝したい。
さて、彼女の返信の中に以前私のほうから知らせた沢田和夫神父さまの黙想会の件に触れたものがあった。一度も神父様にお目にかかるチャンスがなかったので、うらやましいかぎりと言い彼女は次のように書く。
あなたのお手紙では神父様のお人柄がほのぼのと伝わってきま
す。キリストはほんとにそのような方だったと思います。ただ
「ともにいる」だけで生きる力をいただける方。確かに私たち
は意気消沈した人の前でなにが言えるでしょうか?たびたびい
っしょにいてあげるだけが私のその方に対しての関心を示すこ
とだと思う。悲しむ者とともに悲しみ、喜ぶ者とともに喜ぶ。
これが人間関係なのでしょうね。
さて、当の沢田神父様がそれこそ悲しむ人に寄り添って次のような歌を語っていらした。
わが神に恋するほどに魅せられて
つき従って十字架荷なう
それを見た彼女がこう語る。
一つ面白いなと思ったのは神父様がお友達に書いた歌で、“恋するほどに”です。というのは、1月の中旬の土曜日、私たちは修道者の集まりに行ったのですが、ノルベルト会の神父様の講話で、彼曰く「私は意識して、“fall in love”といいます」といわれたのです。ふと思ったのですが、いわゆる列聖された聖人たちに共通なのは、この点だと思います。
人間関係の恋は終局的には神がどれほど私たち人間に恋している= 愛している ことを悟る手助けになると思います。そして恋する者たちはただ一緒にいることで平和を感じるのだとすると、悲しむ者とともに悲しみ、喜ぶ者とともに喜ぶ;共にいるということ、そしてどうしてキリストがエンマヌエルと呼ばれるのかもわかってきますね。
世界に起こるいろいろな出来事の1つ1つにも、キリストがお立ちになっていらっしゃるということで私たちは一致したのでした。
さて、この時期、アメリカからの便りと言えば避けては通れない情況にもちろん私たちは触れ合っていきます。つい先ごろの全国司教会議で合議された日本司教団声明を伝える時間の余裕はありませんでしたが、この点にかんして私たちは何度か思いを交換してきました。在米ということで、Srという立場でありながらも彼女の感覚がアメリカらしく(!!!)なっていくことを私は共感をもって憂いたこともありました。立場を変えて見る時自分ならどうだろうと考えるととても一刀両断にはでる答えはありません。
今回の彼女のこの点の描写はこうです。
2,3日前の神父様のお説教は軟らかな口調ではあったけれど、何か私たちのうちに恐怖心というか一大覚悟をしなければならないような気さえしたものでした。
というのはBushの意気込みが高まるなかで、国内では反対の動きも強いのですが、神父様は第一朗読のノアの洪水から、全き信頼のうちに捨て身で(武器は使わず)耐えねばならない時があるということを話されました。
平和は実に高値。生易しくはない。核を使えば世界はメチャクチャ。でもこの理論が分からない人もいる。回教の人たちと暮らしたことのある姉妹たち(アフリカ帰りの)は彼らは自分が死んでも、相手が死ぬなら自分が勝ったと思う人々だから、いざとなれば、核をつかうと思うと言います。こうなると一個のキリスト者としてすなわち神を愛する者として平和のためにあらゆる手を使って武器を使うことを避けようとする時、前にも書いたように死を覚悟しなければならない、というのが神父様の言わんとするところでした。そして、神父様はこうもおっしゃいました。神がこの世を見て残念に思いノアだけを選んですべてを消したように、今私たちはひしひしと危険を感じながらも清められることを希望しなければならない、と。
「ところで、教皇さまがお考えになった光の玄義のロザリオ、すばらしいと思いませんか。」と彼女は一転してますます話題は豊かになっていくのですが、きょうの皆様との分かち合いは十分長くなりましたのでこの辺で。
「わたしは神なしでは生きられないの」は幻聴ではなく!
初雪はなぜだか心が躍る。なぜだろう?う〜ん、日常の卑近なレベルにとっぷりと包まれて生活していて、そんな時ふっと空を見上げるとふわふわと白く形とて定まらない軽いものが自分の頭上高くから舞い下りてきている、そんな、日常と非日常そして超越性との一瞬のミックステュアが私たちを驚かせるのかもしれない。
自然の振り子は晩秋から冬へまた冬から小春日和へと揺れつつ時を刻み季節の舞台は周ります。あれから元気でいましたか?うん、まあまあね。という声が聞こえます。いやあ、ちょっとしんどかったあ。という声も聞こえます。さて心のことについて考えていくことを再開いたしましょう。
前回でこころは「皮膚で囲まれた身体」に閉じこめられたものではないと申し上げましたね。直裁に言ってしまえば、こころは一種『自分のもの』ではないとも言えます。あるいは言い方を替えるならば、こころは『個人に属するもの』とは限らないとも言えます。
こころが自分のものではないのであればいったい誰のものなのか。という声がしそうです。それに対して敢えて応答するならば、それは自分を除く外にある全てのものの「ココロ」を映しとり取り込み積み上げたもの、とも言えます。そしてそのことを逆から言うならば、こころとは、自分から自分を除く外にある全てのもののココロを除いた後にそっと残る泉の種水のようなもの、とも言えると思います。
彼または彼女がなぜそのような行為を成したかについて、泉の源泉から究極説明するところのその根拠となるものという表現も出来ます。
私たちは時として「これは神の摂理としか言いようがない」などという言い方をするときがありますが、その感覚がもしかしたら近いかも知れません。でもこのような言い方をすると、世の心理学者や精神分析学者には批判を受けるかも知れません。何故かというとこの考え方を推し進めていくと、人は世に言うところの「心の病い」や「精神病」に成ることはなくなるからです。こころの貧しいものへの道はわれわれキリスト者の生涯の課題ですが、この意味の貧しさ・虚しさへと至ろうとして生きる度合いによってこそ神が私たちの身を突き抜けなさるのだとも言えるのですから。
あの『夜と霧』のフランクルは私にとっても永遠のテキストですが、ロゴテラピーを提唱した精神病理学者として彼が一人の患者に接した時の驚きを私たちに伝えてくれます。その患者は一人の婦人でした。幻聴に悩むというその婦人に応対した彼は彼女の明るさに驚かされます。彼女はなんと、周囲の抱く苦しむべき症状としての幻聴をまったき自分のものとし「ええ、まだいつも聞こえてますよ。でも何もかも聞こえなくなっておしになるこ
とを考えたらこの方がずっと幸せですわ」というように答えたのだという。このことはいったい私たちに何を告げているのでしょうか。フランクルは言うまでもなく強制収容所体験をその身に刻みつけた医者でした。
彼は患者を人格として扱い、彼らから多くのことを学んだ医者でした。そして何よりも彼は神を信じていました。彼はフロイトやユングやアドラーのように人間を【衝動】や【無意識】や【劣等感】によっては意味付けませんでした。意味付けると言えば人間の【存在】そのものを意味付けました。つまり、彼にとって人間は要素に分類されるものではありませんでした。
いったい私たちは物に満ち溢れたこの時代にあってこそ時代の鏡に映る自分の姿が見え易いとも言えるのではないでしょうか。私は昨夜信仰の大先輩である敬愛して止まない友人と語り合いました。事実は小説よりも奇なりとはよく聞きますが、その方はまさにそれを地で行かれたような生い立ちの人でしたから、私は思わずその方の率直さに信頼して口を衝いて「ああ、それでも一度も神を呪ったことなどないのでしょうね」と吐きました。もちろん「ええ」と返ってきたことでした。
「私は神無しでは生きていけないの」
運命という言葉を使ってもいいのであれば、その方が巻き込まれた情況は充分にこころのバランスを失わせるのに値するものでした。実際、死に損ない、気も狂い損ないましたが。でも、その方によって神は賛美され、その方の全ての行為の統率者はいつでも神なのでした。そしてその方の口から私が聞いたのがその言葉だったのでした。そして加えて「何も心配してないのよ」とも。
神にはお出来にならないことはないのですね。
未だ若いあなたには遠い遠い道のりかも知れません。でも遥か彼方のように思われるにせよ、らくだが針の穴が通れるということをもったいなくも私は一人の友人によって見せてもらったのです。
この回の最後にその方がおっしゃったもう一つの言葉を伝えて終えることにしましょう。
「もっと忍耐をしなさいって言われているの。神様に」
この次まで元気でいて下さい。
音訳者の独り言C 11/11更新
「あなた方はキリストの者だ」という物言いに揺さぶられて。
立冬。なにか襟元がぴしっとさせられる表現だ。郊外の家から教会までの道すがら、そこここに現われてくる小さな自然の移り変わりの上にも神のメッセージを受け止めることが出来たならいいなと思いつつ歩を進める。
今回の「独り言」は、優しく純粋であるが故に心に傷を負って苦しみつつこわごわと小さな歩みを進めている若いあなた に捧げたいのです。
ある日、あなたのことを聞きました。その時、何十年間もすっかり忘れていて意識からとうに押しやられていた一冊の書物の題名が不意に浮かんできました。それは『魂の殺人』というものです。あなたが今も負っている苦しみのことを思った時、自分のなかの時間軸がぐいと過去へと引き戻されたことが強烈に意識させられました。『魂の殺人』という本の題名はとうに自分の意識から排除されてはいましたが、かつて自分がその本を必要とした時の心理状態のことは無意識の底でしっかりと覚えていたのだと再認識させられて恐くさえなりました。なんと私たちは(私は)「息子や娘が、親の子だ」という感情を自然のものとして、その中で親であり続けていることでしょうか。この感情は言葉を変えて言えば、「親の子であるその息子や娘は、この世、この現世で受け入れられる限りで我々親の息子、娘である」と言うことと同義であると思われます。(少なくともかつての私はそうでしたし、歳を加えた現在でも完全にその妄想から解放されたとは言い切れません。少しでもキリストの者で在りたいと思うのは少しでもこの解放の道を歩みたいとの望みの実践なのでしょう。少なくとも私の場合はそんな気がします。)
〔キリストからのメッセージ〕と〔親からのメッセージ〕とを天秤にかけるならば、多くの場合子供の魂に後者が重くのしかかりつつ、「社会の一員」への成長過程こそが成功する子育ての秘訣とばかりに親は「愛情」と「善意」そして「期待」とを意識・無意識とにかかわらず傾注します。なるほど、人は人の間にその存在意義を見出しつつ人に喜ばれ同時にそれを自分自身の喜びとして生きていくものなのでしょう。それはあまりに自然な感情であるが故に誰もがそれを疑わず、えてして加速・激励することこそすれ、同時に「善行」「奉仕」「犠牲」などの名の下に、子供の成長の時間経過とともにそれが彼らの魂の底に疲労となって積み重なっているなどと親も子供に係わる誰一人としても思わずに将来現われて来るかも知れない問題の契機を見逃してしまうのでしょう。
そして、子供が長じてなんらかの問題として顕在してきた時点で始めて親や周囲の者達は慌て出すのでしょうか。そして、それに加えて原因探しが始まるという訳なのでしょう。その時子供が甘んじて受けなければならない「こころの病い」と言うレッテルをまた多くの親や周囲の人々はあまりに素直に鵜呑みにしてしまうようです。「子供がこころの病いに罹っている」ということを先ず疑う親であって欲しいと私は感じます。つまり、その意味は「社会が正常で、その社会から判定をされるという形で子供が病んでいるという診断を下されたのだ」ということを疑うということでしょう。
その場合、「弱く傷ついた者は何らかの被害者だ」との感覚がまた当然のこととして流布していないでしょうか。それに続いて「弱い者はなんとかして弱い者ではない者になる方が良い」とする認識へと掠め取られてしまうようにおもうのです。
私たちは本当に、進歩したり、発達したり、進化したり、向上したり、前進したりするのが好きです。その価値観の下では「後退」したり、「停滞」したりすることは評価されないことになるのでしょう。
そもそも正常なること、あるいは精神の健康なること、との絶対的基準とはなんなのでしょう。その場合、数の論理が一番ものを言うのでしょう。百対一である場合、ほとんど例外なく百の側のほうにノーマルの軍配が挙るでしょう。
そこに何か鍵があるように思われます。キリストがそうであったように。
もしかしたら、私たちが突破出来るきっかけはその事にあるのではないでしょうか。
当時、最高法院の人々のみならずユダヤの多くの人々がイエスを「殺そう」とした、そのきっかけについてよくよく考えてみると、その時代から2000年を経過した現在でさえも驚くほど情況は似たものであることに唖然とさせられます。つまり、その社会の正常とされる価値観はより大勢の人々が生存可能な基準のほうが反映されるものだということです。それは事実考え様によっては当然だとも言えます。でなければ国家の生存にさえかかわるものだから、でもあります。しかし、このことには大きな危機を孕んでもいます。かつての戦争がその論理で選ばれたという事実がありましたから。
としたならば、一体「弱い者が心の病いに罹る」ということをどう解釈するべきなのでしょうか。それには「こころが病む」ということそのものをどう捉えるかという問題を避けて通ることはできないと思います。
一気に結論を言うならば「こころは病まない」ということに行き着きます。さらにその前提として「こころ」なるものの捉え方そのものをも問題にしなければならないことになります。このように書いてきますとある意味であなたを混乱させたと思います。でも、ここがキーポイントです。キリストの恩寵を願い、一生懸命お話することにいたしましょう。
「こころ」は私たち一人一人の持ち物ではないということです。私たちの所有物ではないということです。この認識は一見、許容しがたいように感じられますがこの事を受容できますと「個人の権利としてのこころ」といった閉鎖的感覚から自由になります。「こころ」は私意識といった、ある種、「皮膚で囲まれた身体」に閉じ込められたものではありません。その境界を超えて世間・社会に広がる共通した価値観そのものでもあるのです。
さて、大事なところに入ってきました。でも、大分あなたを疲れさせたことと思います。この続きは「音訳者の独り言」Dに回したいと思います。
それまでお元気で。「心配ないよ。キリストに付いて行けば立ち直れるから」とは、H神父さまのお言葉ですが。
音訳者の独り言B10/6更新
あけの星・秋の親睦会 「再建」から「新生」へ をあじわって
― 八木山・信徒共同体に学ぶ ―
聖霊が一つの共同体を産み落として下さいました。それは再建であって再建ではなく、建物であって建物ではありません。実に、神は私たちの目の見えるものの向こうにあるものをこそ見よとご命じになっておられます。
あけの星・秋の親睦会は、そのような神のメッセージが私たち1人ひとりに託された時でもありました。明け方から降り始めた秋雨のなかに甘い金木犀の香を嗅ぎながら、雨に洗われていっそう緑濃い街路樹の並ぶ坂道を昇ると八木山教会の兄弟たちが傘もささずに私たち1人ひとりを笑顔で出迎えて下さいました。緑多い静かな住宅街の一角、そして幼稚園の園庭を共有して建つその教会はもうそれだけで温かいものが伝わってきました。
八木山教会の婦人部・新生委員そしてすべての信徒の皆さま方、加えて幼稚園の先生方やお母さま方など多くの方々の誠意とご努力とによって計画されたミサと親睦会はこころに沁みる温かいものでした。司式のエメ神父さまのお選びになられたエゼキエル36.26−28のことば「わたしはお前たちに新しい心を与え、お前たちの中に新しい霊を置く。わたしはお前たちの体から石の心を取り除き肉の心をあたえる。また、わたしの霊をお前たちの中に置き…」とマタイ9.16−17の「…新しいぶどう酒は、新しい皮袋に入れるものだ…」とは、八木山の兄弟姉妹にとってはもちろんのこと、私たちにとっても十分なメッセージになりました。きっと一人ひとりが石の心、肉の心、霊の心とかみしめたに違いありませんでしょう。
ミサ終了後、新教会完成までの大変だった経過をパソコンにより提示されお話しを受けました。同時にその経過についての語り尽くせぬお話は、親睦会へと場所を移して続けられました。
「焼け落ちた教会を再建する」というしごく当たり前の私たちの感覚をまったく拭い去るところからの出発はどんなだったことでしょう。≪再び建てる≫から≪新しく生まれ変わる≫までの飛躍を八木山の兄弟姉妹に可能としたものは何だったのでしょうか。教会とはなんでしょう。と溝部司教さまは2001年12月16日、篠田教会最後のミサでの説教の中で問い掛けていらっしゃいます。そして言葉を継いで「ただの人間の集まりではなく、信仰を極めるということをはっきりわかったうえでの新しい始まりなのです」とおっしゃっているのです。教会の再建ではなくその新生をとおっしゃった八木山教会の場合に、無くなる篠田教会の例を出すのはふさわしくないでしょうか。でも司教さまの次の言葉「篠田教会という名前は無くなるかも知れません。でも、篠田教会で培われた信仰は今から芽生え、今から花開き、今から始まると考えてよいと思います。ぬくぬくと温かかった篠田教会を今出て行き、この社会に喜びを伝えるという使命をもっています。」は、私たちに教会の何たるかに強い意識を向けずにはいません。
教会が出来たそれ始めようと行動に出るのか、石の心を見つめるのかが今私たち皆に問い掛けられていると思えて仕方がありません。
そしてその様な思いに私たちを誘って下さった神に、主イエズス・キリストの名によって心より感謝を捧げますと同時に、そのことに、気づく機会を設けて下さった八木山教会の兄弟姉妹に深くお礼をいたします。
音訳者の独り言A 8/8更新
「神学」と「信仰」
第49回上智大学夏期神学講座が終わった。猛烈な暑さと強烈な蝉嵐の中での5日間であった。
東京から仙台にもっどてから数年、しばらく御無沙汰していたのでこの際思い切って出席することにした。
さて、この資料も整理がついたら音訳するのがいいと思っているのであるが、記憶と感性とが新鮮なうちに感想だけでも残しておこうと思う。
まず今年のメインテーマは「福音と文化の出会いッ日本のキリスト教を考えるッ」であった。
そして、さらに3セッションに分かれている。T.福音と文化の出会いッ聖書と歴史ッ U.インカルチュレーションの課題ッ組織神学と実践ッ V.パネルディスカッション:日本における明日の教会を求めてひと括りにぜ〜んたいの印象を一言で言うと「日本の教会にどうしたらイエスを呼び戻すことが出来るだろう」かなあ(?!)と思っているがこれはあくまで私ひとりの独断的感想である。のっけにショッキングな物言いで恐縮であるが、忘れられない言葉が3つ残った。粕谷神父さまと中川神父さまのである。
「友人とインドのカルカッタに行った時のこと。町中が臭い。そこで、友人はあげてしまった。驚くべきことに周りにいた子供たちがさあっと寄って来て路上に散らばった嘔吐物を食べたのである」中川神父さまの体験談である。この神父さまは「妖怪の棲む教会」というタイトルでお話をなさったのだが、この著書をお読みになった方も多くいることでしょう。この内容にはまた後で触れることにして、他のふたつの言葉を紹介しよう。
最後のパネルディスカッションでの時のこと。サラリーマン、若者などと教会・信仰との乖離の話に及んで会場から質問が出された。サラリーマンの社会的苦しみを教会がどのように救うことが出来るのかとの問いに「そんなのは自分で考えればいい」と粕谷神父さま。同じく会場からの「若者がなかなか洗礼をうけるまでいかないのをどうすればいいか」に、「自分自身が純粋に生きていることだ」と。私はますます粕谷神父さまにキリストを深く感ずるのだった。 信者はあまりにもいろいろなことを求めすぎる。『いのちへのまなざし』を誰もが誉めるが、どうしてあそこまでいちいち本にまでして書かれなければならなのだろうと不思議だ。たくさん、たくさんのことが書かれているが、イエスが示し語っていることなのになあ、と思う。
日本のキリスト教、福音と文化との関係。あまりにも多くのことが語られ、説明されすぎている。
「キリストとの出会い」への渇望は、「キリストについての知識」への欲求とは別のものと言われたのは私の大好きなジャン・バニエ神父さま。私は暑い夏をおして神学講座に出かけていったが、いったいキリストにしっかりと出会ったかと不安になる。『頭でっかち』とバニエ神父さまが笑っておいでだろう。
で、この続きはすこし頭をちぢめてからのことにしようと思う。
今年の梅雨はまさにオーソドックスな様相を呈し、降るべき時にたっぷりと降り落ちてくれているといった感じがことの他します。皆様こんにちは。仙台が杜の都であることをからだじゅうで感じるのは、この梅雨の時期が一番ですね。さてこの梅雨のあいだの主日の日、私たちは何度この雨のなかをおしてミサに与かろうとして集まることでしょう。
音訳の奉仕に携わっている私は今、何冊かの本を、お読みするべく預かっているのですが、そのなかに幸田神父さまのお話のテープ起こしにもとずいた『ミサを学ぶシリーズ』という綴りがあります。現在のミサ典礼書は、1978年、ローマの典礼書に基づいてつくられました。開祭・ことばの典礼・感謝の典礼・閉祭というミサの基本構造について順をおって大変分かりやすくお話くださっているものなのですが、その内容を私がここで解説しようなどと思っているのではありません。これから私は何度かこれを読み込んでそして朗読していくわけですが、それに先立って私が感じたごくごく素朴ないたって初歩的な、皆様からはきっと笑われるような感想をお伝えできたらと思っているのです。
・幸田神父さまが、「教会は普段は目にみえませんね」と言われたとき、私はとっさに「アラ、そんなことはないわ。教会はいつだって見えているじゃないの。私たちはその教会に行くんだわ」と言い返しています。「神を賛美し、ミサに与かるために人が集まっている、そこが教会です」とおっしゃるのを聞いた瞬間、私は腰が抜けるほど驚いたのです。
時として人は一生懸命仕事をして、時間と労力とを捧げた割にどんなことを得たかしら、などとため息とともにうしろを振り返っては自分に納得を得ようと計ったりするものですが、私が腰が抜けるほど驚いたときにもちょうどこれと同じような直感におそわれました。「私は音訳の奉仕で、90分テープを数本作るのに今日はもう数時間の時間をかけた、自分の知らなかった難しいことも新しく分かった、けれどもそういった知識の増加なんかとはおよそ関係のないような大変新鮮な、腰のぬけるような驚きを持った、なんというプレゼントであろう」
それは、既に、労力への見返りへの無意識の期待といったものをも超えた次元の感覚でした。人が神への賛美のために集まる、その真ん中にキリストが居てくれる、それを一人一人実感しつつこころの一致を祈る、それが教会なのですね。
・なんという嬉しい驚きなのでしょう。
普段の空っぽの建物である教会は教会ではないのですね。
そんな事あたりまえでしょう、今ごろわかったのと言われそうです。でも、告白します。私は今それを実感として感じ取りました。
告白ついでに、もう一つ私の恥をさらしましょう。これも幸田神父さまの言葉にびっくりしたことです。集まるといえば、時と場所が必要ですというわけです。人に広める為にポスターを作る場合でも、時と場所とを明示しますよね。私はそれまで、ミサは9時半に始まるから遅れないで行きましょうという風に思ってきた、ところがそうではないのですね。人が集まったらミサが始まる、のですね。
まあ、便宜上時間というものを言わないと周知しませんから、場所・時間といった扱いをするのですが、基本の考え方は神父さまのおっしゃる通りだなと納得し、これにも大変驚きました。だから、極端にいえば、司祭が寝坊して遅れて来たら、その時間にミサが始まるというわけです。9時半ではなくて! なんと味わい深く面白いのでしょう。
ここで少し理屈っぽくなりますが、私たちは普段なんと律法や偶像にからめとられて暮らしていることでしょう。
ここで最初のご挨拶の梅雨の話に戻りますが、日本にいて私たちは毎年あたりまえのように巡ってくる梅雨に遭遇し、それに関して特別新鮮な感動などなしにやり過ごしています。地球のどこかでいま大旱魃が引き起こされ、砂漠の泥水の溜まったみずたまりに身をこごめてその水をさえ飲まずにいられないこどもたちのことなどよほどのことでもないかぎり思いやることはありません。
あのバーミヤンの石仏が、私たちと文化の異なる民族の人達にとってある意味で偶像であり、ひどい旱魃のなかにあって雨乞いの対象としてとらえれたと聞かされたとしたら、私たちは何をどう裁けるというのでしょう。
「律法が与えられる前にも罪は世にあったが、律法がなければ、罪は罪と認められないわけです」(ローマ・5・12−15)ではありませんが、それまで、私たちが知らなかった現実が一端私たちのこころに入ってきたならば、もはやその現実を否認する事は出来ないのでしょう。そして、深くこころに受け止め思いをめぐらし、主に尋ね、行動の恵みのなかに飛び込んでいける勇気を請うのでしょう。
「ミサを学ぶシリーズ」の音訳は今始まったばかりです。これからも未熟な私は既に皆さんが到達したところでひどく驚き腰を抜かすことでしょう。もしお時間があれば、これからも私の〔目から鱗〕ぶりにおつきあいください。