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◇◇ 主日の説教 ◇ C年 ◇ 担当 佐々木 博 神父
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王であるキリスト・C年(10.11.21) |
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「王であるキリストの実像を求めて」
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年間第33主日・C年(10.11.14 ) |
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年間第31主日・C年(10.10.31) |
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年間第30主日・C年(10.10.24) |
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「へりくだる者は高められる」
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年間第29主日・C年(10.10.17) |
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「果たして地上に信仰を見出すだろうか」
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年間第28主日・C年(10.10.10) |
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「主は生きておられる」
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年間第27主日・C年(10.10.3) |
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「まことの信仰を育てる」
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年間第26主日・C年(10.9.26) |
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「信仰の戦いを立派に戦い抜く」
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年間第25主日・C年(10.9.19) |
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「神と富とに仕えることはできない」
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年間第24主日・C年(10.9.12) |
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「全能のゆえに、回心させようと、罪を見過ごす」
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年間第23主日・C年(10.9.5) |
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年間第22主日・C年(10.8.29) |
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「へりくだる者は高められる」
マザー・テレサ |
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年間第21主日・C年(10.8.22) |
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「狭い戸口から入るように努めなさい」
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聖母の被昇天(10.8.15) |
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「マリアと共に平和のために働く」
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2010仙台教区<平和を求めるミサ>(10.8.8) |
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「和解のために奉仕する任務をわたしたちに」
今から丁度29年前の1981年の2月23日から26日までの4日間、時の教皇ヨハネ・パウロ二世は、初めて日本を訪問なさいました。そして25日には、広島を訪れ平和記念公園で全世界に向けて九カ国語を駆使して力強い教皇の「広島平和アピール」を訴えられたのです。皆さんのお手元にある今日のミサの式次第の裏表紙にある「戦争は人間の仕業です。戦争は人間の命の破壊です。戦争は死です」というお言葉は、そのアピールの中心的なメッセージです。 このすばらしい「広島平和アピール」を、 厳粛(げんしゅく)に受け止めた日本司教団は、早速、その年の5月に開かれた司教協議会定例総会で、「平和と現代の日本カトリック教会―教皇『平和アピール』に答えて」を、正式に発表することを決議しました。そこで、翌年(よくとし)つまり1982年の司教協議会定例総会で、毎年「8月6日から15日までを日本カトリック平和旬間とすること」を決定しました。ですから、今年も「 2010年平和旬間を迎えるにあたって」という談話において、日本カトリック司教協議会の会長・池永 潤大司教様は、次のように呼びかけておられます。「日本のカトリック信者にとって、特に平和について学び、平和のために祈り、行動する期間となっています。・・・特に今年は世界も日本も平和を求める声がうねりとなってわき起こりました。世界では核廃絶への声、日本国内では沖縄の『もう基地は要らない(い)』という声です。・・・去る5月、長崎教区の高見三明大司教は、原爆によって廃墟となった浦上の地から拾われた<被爆マリア>を携え、米国市民と国連関係者に核廃絶を訴えました」と。今年の「広島平和記念式典」には、初めて駐日米国大使が出席しました。また国連事務総長も参加し、核廃絶による世界平和への具体的な一歩を踏み出す決意を表明なさいました。確かに、平和実現に向けて新しい行動が開始されたのではないでしょうか。
和解のために奉仕する 今日の第二朗読で、パウロは、わたしたちキリスト者には、和解のために奉仕する任務が与えられていることを強調しています。 「古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。これらはすべて神から出ることであって、神は、キリストを通してわたしたちをご自分と和解させ、また、和解のために奉仕する任務をわたしたちにお授けになりました」と。 この和解には、個人同士の和解だけでなく、民族同士や国同士の和解も含まれるのではないでしょうか。たとえば、今年の 8月22日は、日本の帝国主義時代に韓国と併合し、朝鮮半島を植民地化した「韓国併合」条約締結の100年にあたります。つまり、日本は大韓帝国を占領した後(あと)、朝鮮総督府を設置して本格的な植民地支配に乗り出したのです。この植民地支配を36年以上も続けることによって、日本は韓国人を抑圧し心を傷つけてしまったのです。かなり前のことですが、韓国の教会を訪問し、祈りの集いに参加したことがあります。そこで、その集いが終わるころ、一人の年配のご婦人が、ご自分の感じたことを、次のように分かち合ってくださいました。「 今日(きょう)まで、わたしの心には韓国と日本を隔てる大きな壁がありました。けれども、今日(きょう)、このように日本人の神父さんと一緒に祈ることができたので、その壁は崩れました(くず)。神様に感謝したいです」と。ところで、パウロも、キリストこそが、わたしたちの間にある壁を取り壊してくださることを、次のように強調しています。「実に、キリストはわたしたちの平和です。二つのものを一つにし、ご自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、・・・こうしてキリストは、双方をご自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ばされました」と(エフェソの信徒への手紙、 2章14節〜16節)教皇ヨハネ・パウロ二世は、広島での「平和アピール」で、いみじくも訴えられました。「過去を振り返ることは将来に対する責任を担うことです。 1945年8月6日のことをここで語るのは、われわれが抱く『現代の課題』の意味を、よりよく理解したいからです。あの悲劇の日以来、世界の核兵器はますます増え、破壊力も増大しています」と。ですから、唯一の被爆国である日本は、世界に向けて核兵器の全面的廃絶を力強く訴え続けなければなりません。
すべてのものの平和は秩序の静けさである ところで、 5世紀に活躍した偉大な神学者聖アウグスティヌスは、平和を次のように説明しています。つまり「すべての平和は秩序の静けさである」と(『神の国』19巻13章冒頭)。すなわち、この地上に最終的に築き上げられる真の平和は、全く新しい秩序が実現することにほかなりません。ですから、今日の第一朗読において預言者イザヤは、メシアの到来によってもたらされる真の平和の秩序を、動物と幼子のイメージで描いております。ちなみにイザヤは、すでに9章で、ダビデ王を理想化したメシアが、平和をもたらすことを、次のように預言しています。「ダビデの王座とその王国に権威は増し 平和は絶えることはない。王国は正義と恵みの業によって 今もそしてとこしえに、立てられ支えられる」と(イザヤ書 9章6節)。ですから、今日の箇所である 11章の6節からは、メシアによってもたらされる全く新しい平和の秩序が、見事に描かれているのです。「狼は小羊と共に宿り 豹(ひょう)は子山羊と共に伏す。子牛は若(わか)獅子(じし)と共に育ち 小さい子どもがそれらを導く。牛も熊も共に草をはみ その子らは共に伏し 獅子も牛もひとしく干し草(ほしくさ)を食らう」と。動物の世界だけではなく、人間の社会にも根強くはびこっている「弱肉強食」という恐ろしい原理は全く無くなり、生きとし生ける物が、平和の内に共に生きることができる全く新しい秩序が実現するのです。ですから、真の平和とは、戦争が無くなり、すべての武器が廃絶されるだけではなく、何よりもまず神によって全被造物が恵みに満たされることにほかなりません。
平和を求める祈り 最後に、教皇ヨハネ・パウロ二世が「平和アピール」を締めくくった祈りを、ここで改めて繰り返したいと思います。 「ここでわたしは、自然と人間、真理と美の創り主である神に祈ります。
神よ、わたしの声を聞いてください。それは個人の間、または国家の間でなされた、すべての戦争と暴力の犠牲者たちの声だからです。 神よ、わたしの声を聞いてください。それは人々が武器と戦争に信頼をおくとき、いの一番に犠牲者として苦しみ、また苦しむであろう、すべての子どもたちの声だからです。 神よ、わたしの声を聞いてください。わたしは、主がすべての人間の心の中に、平和の知恵と正義の力と兄弟愛を注いてくださるよう、祈ります。」 神よ、わたしの声を聞いてください。わたしたちがいつも憎しみには愛、不正には正義への 全(まった)き献身もって対し、貧困には自分を分かち合い、戦争には平和をもって応えることができるよう、英知と、勇気をお与えください」。ヨハネ・パウロ2世 in広島 |
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年間第18主日・C年(10.8.1) |
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年間第17主日・C年(10.7.25) |
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「祈りを教えてください」
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年間第16主日・C年(10.7.18) |
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「みことばをもてなす」
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年間第15主日・C年(10.7.11) |
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「信仰を愛の実践によってあかしする」
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年間第14主日・C年(10.7.4) |
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「この家に平和があるように」
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年間第13主日・C年(10.6.27) |
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